昭和五十六年五月二十五日 朝の御理解
御理解第六十五節
「日柄方位は観るに及ばぬ普請作事は使い勝手のよいのが良い家相ぢゃ良い日柄と云うは空に雲のないほんぞら暖かい自分に都合の良い日が良い日柄ぢゃ如何に暦を見て天赦日ぢゃと云うても雨風が強うては今日は不祥のお天気ぢゃと云うではないか日のお照らしなさる日に吉い凶いはないと思え」
今日の御理解を頂いてここに仰せられてあるような御教えが私共の生き方の信条ともなった時、この御教えが一家中の上に血に肉になった時、はじめて金光様の御信心を頂いておると、まあ頂いたという事になるのぢゃないでしょうか。お道の信心は頂いておってもそこに縁起をかついだり 又迷信にこだわったり、という間はまだいわゆる このような大らかなというか金光教の信心によって、日々安心と喜びの生活が出けるその根底にこういう過去の観念がからこのような頂き方 思い方が日々すっきりと出けはじめて金光様の信心、いや金光様の御信心を頂いておる値打ちというものが、それから頂けるんだと思うです。昨日は北野の秋山さんのお宅の何十年間秋山の家のまあ恒例になっております謝恩祭がございました。
あちらにまいりまして頂いた本でございますけれども 福岡の初代合楽教会の手続きでの上でのまあ 三井教会、久留米教会、福岡教会という関係、いわゆるここで皆さんがいつも頂いとられる馬鹿と阿呆で道を開けと仰せられた教えを頂かれた教会です。
そこの教会長 初代の教会長先生、吉木栄蔵という先生、お月次祭の時などまあ時間だというのに、お参りが少ないとすぐ御神前に出られてまあお願いをなさったんでしょうね。そしてすぐそのお神酒を買いにやられたという事です。お神酒をまあ修行生の人が買うてくる、お供えをする、もうそれこそ次々とそのお参りがあったと云われております。信心を頂いておりましても、例えばそんなら そういう吉木先生はどのようなお徳を頂いて居られましても、人間のことですから例えば今日のような御理解を身につけて、いわば大らかな 人間が人間らしゅう生きていけれる、そこにこだわったり
ここにひっかかったりするというような事のない生き方を身につけましても、そこは人間、生身を持っております者の事ですから、どこにお粗末が、ご無礼があるやら分からない。
今日は月次祭だというのにお参りが無い、おかしいぞと こうまあ思われるのぢゃないでしょうか。
どこにお粗末 御無礼があったか分からない。だからお神酒でもお供えさしてもろうて神様の機嫌ををとりなさる。まあ機嫌をとりなさるというとおかしいですけれどね。そういうような生き方。
これも久留米の初代がお月次祭の時などあのう まあ沢山お供えがあったでしょうが、あのうあそこは小森野というお百性さんばかりの大きな村があります。まああちらから沢山お参りがあったという事で御座いますが、お野菜のお供えが沢山ある、そのお野菜のお供えが沢山ある中に根物、ね、大根とか芋とかいったような根ものの時には非常に喜ばれたそうですね。ところが菜っ葉類ばっかりが集まった時にはもう大変厳しく自分を反省されたという事ですね。あれ程しの大徳を受けられた先生でも例えば今日のような大らかな金光教の信心にはどこにひっかかる事もないね、それこそただ有難いという生き方をさせて頂く中にも、やはりひっかかる所もなからなければいけないという事、ひっかかるという事はよりおかげの頂ける状態になっていく事の為に お月次祭にお参りが少ない。
こりゃおかしいぞ、お神酒も早う買うてこい、とお神酒のお供えをされて まあ御祈念 お詫びをなさったか、お礼を申されたかそりゃ分かりませんけれども まあお神酒のお供えをなさるともう
それこそ決まってお参りがどんどん続いたというのです。
神様がお神酒でだまされなさったという事ではなかろうけれども信心にはそういう一つの(機微?)のようなものがあるんです。
だからそういう一つの体得 お供えだから根ものであろうが、葉ものであろうが、いうならば同じお供えとしてまあ受けられ、大切にされた事だけは間違いないけれども、そのお供えのいうなら葉物根物というような所からでも、自分の信心の訂正というか 自分の信心を改めておいでられたという細い神経を使うておいでられる。ね そういう体得も又ひつようです。ね そりけれども根底になるものは今も申しますように、日柄の方位のというような世間一般でいう迷信としか思えないような事を、に自分の生活がひっかかってはなりません。大らかな生き方が出来なければなりませんけれども信心のいうなら自分の生き調子というものを、まあ例えば楽器でも使っておる。例えば三味線ひいておりましても、ひいておる中に二の糸が下がったり 上がりすぎたりする事がございます。
そん時にゃひきながらでも、こうやって調子を合わせていかなければならないように ね、私共の生き方の上にもそういう調子を整える、という事はそういう意味なら日の中に何回もあると思うです心を神様に向けておかなければ、それが出けません。分りません
昨日いつも四時の御祈念を頂いてそして四時半からあの宅祭などにはまいります。所が昨日は高松先生があのう正奉仕でしたから、四時の御祈念をしておりましたが、いつも四時半に下るのですけれども、四時まあだ十分位 四時半には早かったでしょうか御祈念が終わったのが、それでも御祈念が終わったのですから、私は立ち上がりました。そして車の準備も出けておりますし 私と家内と栄四郎が運転してくれます。それにいつも久富繁雄さんがお供して下さる。皆も準備が出けた 車も準備が出けましたと云うので、私共も十分位は早いけれども立ち上がった。そこにひっかかるというわけでもないですけれども、これはまだまあ十分いつもからいうと、四時半にまだ十分早すぎるから、まあ四時半から立とうというのなら問題なかったんですけれど、十分早く立ったからちょっと こう心にひっかかるような感じがしました。そして表に出た途端に、久富さん所の二番目の息子さんが福岡に居りますが、一家中で月次祭にお参りが出けなかったからというてお参りして来た。
お父さんが車に乗ろうとしておる。そこに息子が参ってきた。ねそういう時にです あの別にお願いがあって参ってきたのかと云うたら、いいえ別に月次祭に参ってなかったからまあ一家中で昨日お休みでもあったから、お参りしてきたとこう云うのです。ね 例えばそういう時に私共があのう出発をした、その後に例えばなら一幸さんというが 一幸さん一家がもしお参りしてきておって帰ってきて聞いたら「あら」とやっぱ思いますよね。やっぱあすこん所は十分間早すぎたんだろう。ね 早すぎたのではない もうそういう、そこん所を一つのリズムにのってから動いておるのですから間違ってはいない、済んだようであっても 早かったようであったけれども早くなかった。きちっとした、なら丁度良かったね ここでお父さんともお会いできて 私もお取り次が出けて表でですけれども、そう云うまあ 秋山家の方え向かったわけです。勿論向こうえ行ってからでも、まあいうならば順調であった。そういうようにね、
自分の心をいつも正して行こうとする、ひっかかってはならない今日の御理解のような大らかな生き方の中にも、大らかと ぼんやりとは違う。ね そげなこつはなかがのと迷信的な事を云うておるだけではいかん。金光様の御信心頂いたらこりゃ楽な事ぢゃある。日柄も方位もない。いつもが吉い日だからと 云うだけではいけない。そういう中にも、なら福岡の初代がとられたような神様えの神経、福岡の、久留米の初代がお野菜一つの上にでも 自分の信心を正された。というように なら私が十分間自分の 四時半から出るという事を、なら十分早く出る事に対してでも、自分の心ん中にいうならば、引いたり 足したり、掛けたり 割ったりが出けていくね、足してみるでしょう、そして答えが出るでしょう。その答えが合うておるか、合うてないかという事を確かめる為には、足したなら引いてみなければいかんでしょう。割ったら掛けてみなければいけないでしょう。そういう生き方が望まれるという事なんです。
そこに間違いのない日々、それでいて大らかな どこにひっかかる事もない生き方が出けると云う事でございます。
まあこりゃ昨日秋山さん所で頂いたその、どういう事でしたでしょうか、その福岡と久留米の初代の御信心の一端を聞いてもらうと同時に、まあ私、今日の御理解を頂いて確かに金光様の御信心は、まあ本当にまあ大らかな日々を有難いで送っていけれる教えである。その教えが先ずは身につかなければならない。けれども人間生身を持っておる事であるし、どこに違いが 間違いがあるやら分からない所は、日々細かい神経を使いながら、引いたら足してみる、足したら引いてみる。というような 掛けたら割ってみるというような生き方を身につけますと、いよいよ間違いのない信心。間違いのない働きの中に おかげを頂いて行く事が出来ると思うですね。
どうぞ